生涯で2人に1人はがんに罹患するという時代がきました。特に女性特有のがんと言われる子宮頸がんや乳がんなどは、働き盛り世代から罹患する割合が高いがんです。がんになるとはどんなことでしょうか。多くの場合、自分自身や家族など身近な人が実際にがんになって初めてがんに向き合うことがほとんどかと思います。
今回の研究会は、2年前に乳がんを経験した八幡亜紀子さん(保健師・神奈川県厚木保健福祉事務所大和センター)に、がんの告知を受けてから、放射線治療終了までの実際の医療の体験はもとより、家族、職場など周囲とのかかわり、そしてがんを経験したことで、今考えていることなどをお話しいただきました。
レポートをぜひお読みください。
乳がんの経験を前向きにとらえる理由とは
乳がんとひと口に言っても、病期(ステージ)や治療方針、治療経過、本人の家族構成や仕事など、さまざまなことにより、その経験は変わります。ですから、これはあくまで一人の乳がん経験者の話と前置きされてから、八幡さんは乳がんの経験を前向きにとらえていると語ります。なぜか。それは過去にがんについて学びがあったことと、人生の目的のために、この経験を人生の糧にしなくてはと心に決めたことをあげています。
がんの告知から治療スタートまで
2021年3月1日八幡さんはマンモグラフィー(以下、マンモ)による乳がん検診で要精検と判定され、翌日に近くの乳腺外来に受診、3月9日に乳がんの告知を受けました。そして告知から2日後には手術のできる大学病院を受診しました。詳細な検査結果からステージⅡであることがわかり、治療がスタートしました。これはかなりスピーディなケースではないでしょうか。時期がコロナウイルス感染症流行の時期で患者が少なかったこともありますが、何より八幡さんが躊躇わずに受診したことが大きいかと思いました。
とはいえ、がんの告知を受けた時は、頭は真っ白になり、毎年検診を受けていたのにどうして早期で見つからなかったのか、という悔しい思いが去来したそうです。そして今までの自分の乳がん検診をたどっていくと、その3年前にエコーで経過観察という結果でしたが、翌年のマンモでは異常なしの判定だったこと、その次の年は2年ごとの検診のはざまで触診のみ、エコーはオプションのため受けていませんでした。こうした経験から、経過観察の判定があったときは、次の年は同じ検査を選択した方がよいのではと、経験を保健師仲間に伝えたそうです。
抗がん剤治療の実際と仕事との両立
乳がんの治療は、手術前にがんを小さくするために、抗がん剤を4クール×2回、計8回後に手術で2週間入院。その後放射線治療が25回という標準治療を受けることになりました。
抗がん剤は3週間に1回。内容は外来で半日かけて点滴、2日後に注射をするのが1クールとなります。職場の上司とも相談し、抗がん剤治療後は副作用の倦怠感のため1週間は休み、その後2週間はテレワークで勤務し、月に1~2回出勤するという形で治療と仕事を両立させていました。
抗がん剤治療では脱毛があり、髪を洗うと両手いっぱいに髪が抜けていったそうです。やはりショックでしたが、「抜けるのは抗がん剤が効いているから。髪はまた生えてくる」と自分に言い聞かせて過ごしていたそうです。職場に復帰するときは、髪の抜けた状態のままでは、会う人に失礼かと思い、ウィッグを付けるべきか、ありのままの状態かで悩み、がん経験者の相談会で相談したところ、「どちらでも正解」という答えから、ベリーショートという選択をしたそうです。
がんの治療は「自分で選択」する時代
抗がん剤の治療も後半に入ると、手足の痺れやむくみがかなり出て辛く、主治医に訴えたところ、「抗がん剤を続けるか、やめるかは、自分で決めてください」と言われたそうです。「やめて大丈夫なのか」「やめたらどうなるのか」正解のない選択を迫られ、八幡さんは病院のがん相談センターの看護師に相談したところ、「抗がん剤が最後の治療ではないこと、主治医は八幡さんに決める力があるから選択を求めたのでは」と言われ嬉しくなりました。また、加倉井先生にも相談したところ「大切なのは自分の出した答えを信じること」と言われたことも力になりました。
がんの治療は、患者自身が選択することが非常に多くなっているそうです。ただ知識がなければ選択もできない、がんを知っておくことの重要性を感じました。八幡さんは、最後の抗がん剤治療は中止し、手術は両胸全摘を選択。手術後の放射線治療が終了した時は、看護師さんが準備してくれたくす玉のお祝いに感動したそうです。
落ち込んだ気持ちを回復させたカウンセリング
前向きな気持ちで治療を受けていた八幡さんが、ブルーな気持ちになったのが、放射線治療の説明を受けた時です。放射線治療はがんの再発をゼロにすることはできないが、限りなくゼロにするための治療であるという説明を受け、がんとは一生闘い続けなければいけないと思い落ち込んだそうです。
そんな時に、受けたのが心理カウンセラーの加藤隆行さんのカウンセリング。自分のがんばりを認め、安心し感謝し、勇気づけるカウンセラーの言葉を復唱することで、気持ちを回復していくことができました。今でも、ブルーな気持ちになりそうになると、この時のことを思い出すようにしています。
両親のがんから学んだこと
八幡さんは両親をがんで亡くしています。父親は58歳で胆管がんにかかり、その頃はがんの告知は家族にされ、本人に告知するかは家族に委ねられた時代です。治療方法がないこともあり、八幡さんは悩みましたが、家族で相談した結果、告知しないことにしたそうです。告知についてはその後も悩み、がんの遺族の会に相談したところ「どちらを選んでも後悔はするが、家族で一生懸命考えて出した答えが正解だから、その答えは間違ってない」と言われ告知しないことに納得したそうです。実は当時、父親と家族はあまり関係がよくなかったのですが、闘病生活の中での父親の変化が家族との関係性を変え、「家族として再生」していく経験をしました。八幡さん自身も「父親に孫の姿を見せたい」という気持ちから妊娠を決意、残念ながら孫の顔を見せることはできませんでしたが、父親の生きる希望になってくれた長女に「のぞみ」と命名したそうです。
母親は72歳の時に末期の膵臓がんで余命3か月と告知を受け、告知から10日という短い期間で亡くなりました。最後のお見舞いの時に家族に残したい言葉は「ありがとう」しか出てこなかったそうです。母親の「感謝で終わる人生」を看取ったことから、感謝の気持ちを出し惜しみせず、伝えていきたいと思っています。
自分にとっての人生の目的とは
こうした経験は、その後の人生の考え方に大きく影響しました。八幡さんにとって両親との思い出が、生きる勇気を与えてくれたように、自分の子どもたちに「お母さんの子どもでよかった」そして「お母さんもがんばっていた」と思ってもらえることを、人生の目的と考えています。「母親のがん」についても「前向きに取り組む」姿を見せることで、子どもたちが何か学んでもらえたらと思っています。乳がんとわかってから、「公認心理師」の試験勉強を家族に応援されて頑張れたことはよい思い出になっています。
多くの方に支えられた闘病生活
八幡さんの闘病生活を支えてくれた人たちは、家族、職場の人、医療機関のスタッフ、がんサバイバーの方々、オンラインサロンや勉強会の仲間などなど。同じ時期に乳がん患者として知り合った友人からは、「八幡さんの強みは人とつながれること、がんになっても相談できない人はたくさんいる」と言われ、多くの方に支えられたからこそ、前向きにがんに向き合えたと実感しているそうです。そして闘病生活の中で、相談できる場があったことや、人との出会いがとても心の支えになったことから、自分自身が「支える」側になることを始めています。その一つが神奈川県がん患者団体連合会のがん教育研修会への参加です。外部講師となり小中高生にがんの経験を伝える活動をしていきたいと考えています。これからも自分自身の経験を「発信する」ことで、だれかに何か学びを得てもらえたらと考えています。
最後に、過去の経験や他人の経験から学んだことを行動に移すことが大切だということを伝えて八幡さんの経験談は終わりました。
がん患者をサポートするのに参考になるコンテンツを八幡さんから紹介してもらいました。
神奈川県のHPからDLすることができます。
講演後、参加者はブレークルームに分かれ、講演の感想や、自分が「サポート」として何ができるかなどを話し合いました。グループからの発表では、「つらい経験も何かしらの意味があると、とらえる前向きな姿勢に心が打たれた」「人とつながることがとても上手なこと、学ぶ力が素晴らしい」「実体験をありのままに語ってもらい心が震えた」などの声が聞かれました。
また「どうやって、がんの怖さを克服したのか」という質問には、「両親の時とは違い、乳がんは治療方法も確立していること、治療できる段階で発見できたという、前向きな受け止め方ができたから」と八幡さんは話されていました。
主催者の(株)ウェルネスライフサポート研究所代表の加倉井さおりから、「現状では、職場でがんになったことを言えない人がたくさんいるのではないか。両立支援などの制度は整えられてきているが、周囲の理解や意識がとても大切と思っている」という投げかけがされ、支援する側の重要性を感じました。八幡さんからは「公務員は、産業専門職が職場にいないので、両立の計画を自分で立て、上司に相談しなければいけなかった。ただ私のように治療と仕事を両立した人がいるという前例を知ってもらえるよう、発信している。発信すれば周囲の理解は得られていく。また発信していると、個人的に相談を受けることが多く、相談できる場があることを伝えている」とのことでした。
最後に加倉井さおりから「八幡さんのお話は、「がん」だけでなく、突然人生に「困難なこと」が起こったときの受け止め方、そしてその経験を「人生の糧」にする、そんな前向きな生き方を学べたお話しだったと思う」と。参加者から八幡さんへ拍手を送り、研究会は終了となりました。
最後に~加倉井さおりより
人生は、突然、困難を感じる出来事がやってきたりします。
でもすべての出来事を糧にして、力強く歩むこともできるのです。
それを今回彼女がその姿を見せて教えてくれたと思います。
「勇気づけのいのち育て」をテーマに私は活動していますが、まさに今回の学びの場が「勇気づけのいのち育て」。
誰にも言えず悩む人も多いかもしれません。
がんであっても働き、がんであっても人生を愉しんでいきることができる社会にするために、今回受講された皆さんがそれぞれの現場で活動してほしいと願います。
WOMANウェルネスライフ研究会2023年度会員募集中!
女性の健康支援をする人々の学ぶ・繋がる・実践する場として、『WOMANウェルネスライフ研究会~すべての女性の「健やかに、自分らしく、幸せに生きる」を支援するために~』を発足しました。
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WOMANウェルネスライフ研究会今後の予定
第10回 2023年7月29日(土)14時~16時
「子宮頸がんとHPVワクチンの最新情報を学ぶ!」
講師:重見大介氏(産婦人科専門医)
第11回 2024年2月3日(土)14時~16時
「リプロダクティブヘルス&ライツ ~世界中の女性が健やかに幸せに生きるために」
講師:ジョイセフ 小野美智代氏
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